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小谷は房一に話しかけた。
それは直造が案内状を出す間際になつて心づき、入念に考へたあげくに呼ぶことにした高間房一だつた。
このどこの誰とも判らない相手を満更知らぬでもないらしい様子を見せながら、房一は手早く書きこむと、
徳次はすつかり感心したとも、又その反対ともとれる云ひ方だつた。
「うん」
とにかく、それは遠い向ふで起つていることだつた。対岸の火事を見物するやうなものだつた。
「――へえ、まだお帰りぢやないのかね」
「その首はどんな顔をしていた」と、友達のひとりが訊いた。
房一は擽くすぐつたさうな顔をしていた。
わたしが隣座敷へ夜中に再三出入したことを、どうしてか宿の者に覚られたらしい。その翌日は座敷の畳換えをするという口実の下に、わたしはここと全く没交渉の下座敷へ移されてしまった。何か詰まらないことをいい触らされては困ると思ったのであろう。しかし女中たちは私にむかって何にもいわなかった。私もいわなかった。
「ほう、ほんに!みんなある」
房一は急いで膿盆をひきよせた。
再度上京して前いたことのある病院に書生として住みこんだ房一は、まつしぐらに一つの目的に突進した。その最初にあんなに不安定な時期があつたにもかゝはらず、三年後には前期と後期の二試験をつゞけさまにパスして、医師としての資格を得た。その間に彼を鼓舞したものは実にはじめ伯父を訪れたときにその家の書架から発見した「西国立志篇」だつた。その本はもう何度となく読みかへされたので、頁がぼろぼろになつた。それから何年間か代診としてその病院に勤めた。その間に開業の資金を貯蓄したい考へだつたが、なかなかうまくはいかなかつた。かへつて少しの放蕩の結果、芸者に子供を産ませたりして、その方は曲りなりにも片づいたが、貯へは費ひ果してしまつた。しかし、開業の資金は故郷の伯父が工面してくれることになつたので一安心だつたが、その代りに河原町に帰つて開業すること、と云ふ条件がついていた。